病理医研究者のぼちぼち日記

病理医で研究者の著者が病理のことを中心にのんびりつづるブログ

分厚い基礎医学分野の成書の紹介!

f:id:minesot:20181221005723p:plain

 

 医学系の学問は分野が細分化されていますが、どの領域にも、伝統的で「分厚い」本というのがあります。 

 そういった成書を学部生レベルで使う人は少ないでしょうし、実はプロでも読み通したことはほとんどないというのが現実かとは思います。

 

 しかし、成書を一度読むと、本当にいろいろなことがわかります

 

 まず、基礎的なこと、コンセプトからして学問というのはたくさんの人が精緻に真摯に築き上げてきたものなんだな、ということ。たった一行の記載のためにもたくさんの人の苦労があるんだなということ、そして、世の中そんなに単純じゃぁないんだなということなどなど。

 

 とにかく、薄い本から勉強を始めるのはいいことですが、そこで立ち止まっていては本当の面白さというは見えてきません。薄いというと言い方が悪いですね、初学者向けのほんだけで立ち止まるともったいないと思うということですね。

 

 どの分野にも成書と呼ばれる本があると思いますが、基礎医学においては成書というのは本当に読み応えがあり、骨太の基盤づくりに役に立つものが多いと思っています。

 

 そんな成書、基礎医学分野のものを紹介してみたいと思います。

 

 

● 生理学

  生理学は正常な状態における身体の機能について述べる学問ですが、これは膨大な量の知識からなります。細胞レベル、器官レベル、個体レベル。そして方法論も、生化学、電気生理学、組織学等々、本当にたくさんの方法がとられています。

 

 生理学は動物モデルや組織・細胞レベルの知識も必要であり、本当に奥が深い。全体をバランスよく学ぶのはなかなか大変な分野です。

 今回ここで紹介するのは、医学系の生理学の一冊。では早速。

 

 Guyton and Hall Textbook of Medical Physiology

 

 臨床に直結する生理学としてはこの本が一番いいと思います。Dr. Guyton は交通事故で亡くなってしまいましたが、後継者もしっかりしているなと思います。

 

 英語は平凡かつ平易で、とても読みやすいです。図版もとてもきれい。

 

 基礎の基礎としての生理学であれば Physiology (Linda S. Costanzo) もいいのですが、臨床につながるという意味ならこちらですね。

 

 生理学をしっかり理解したいなら、この本は断トツでおすすめです。

 

● 生化学

  生化学は基本的には体の中での化学反応に始まり、酵素の反応系である細胞レベルの機能まで述べていく学問になります。細胞の中での話が多いですが、基本的な化学反応の知識から、分子生物学的知識の基本部分までがカバーされる領域でもあり、とても広く深い。

 この分野は良書が本当に多いのですが、おすすめは次の2冊にしたいと思います。

 

 

 Biochemistry (ストライヤー)

 この本は伝統的に非常によい生化学の成書です。

 訳本は ストライヤー生化学 もちろん良い本です。

 

 この本のよいところは非常にわかりやすく反応や反応の原理、そして流れがわかるようになっているところです。図もわかりやすくきれい、かつ全体像がつかみやすい。

 この本でしっかり勉強すれば、生化学はカバーできるようになると思います。

 

 

 Harper's Illustrated Biochemistry(ハーパー) 

 

 生化学の2冊目は、迷いましたが、ハーパーにしました。迷った相手はレーニンジャーの生化学なんですが、読みやすさとイラストの美しさでハーパーにしました。

  ハーパー生化学は最新版は 31th ed. ですね。伝統ある教科書で、とにかく図が分かりやすい。こんなにわかりやすく書かれてしまうと、これ以上の仕事はできないよなぁと思います。

 生化学の基本的なところは全部カバーされていますし、応用事項についても十分触れられていますので、初学者からプロまで愛用できる一冊だと思います。  

 

● 分子生物学

  分子生物学は、生物の仕組みを分子レベルから説明していく学問であり、実際には非常に幅が広い学問になります。細かく分ければ生化学も、生理学の一部も、遺伝学の一部も…といろいろ入ってきますし、生物学全体という意味ではさらに広いのですが、今回は分子「細胞」生物学に絞って王道の一冊だけを挙げます。

 

 Molecular Biology of the Cell 

 

 この本は生化学の基本から、細胞の働き、組織学の基礎、遺伝学の基礎、免疫学の基礎、実験手法…と現代生物学の基本ともいえる分子生物学の基礎を広くしっかりと説明している最高の良書です。 

 

 とにかくどんどん内容が増えて6版、最初のうちは太い本でしたが、最近はデジタルにかなりの部分が移行しており、参考文献や数章はデジタルデータで提供されています。動画などのインタラクティブな教材もついています。 

 

 この本は、研究者にとっても、医師・薬剤師にとっても基礎の基礎をしっかり作りたいのであれば、目を通しておくべき一冊であることは間違いないと思います。 

 

 この本のエッセンスだけを抜き出した Essential細胞生物学 は、看護学生さんややる気のある高校生にお勧めしたいところですが、The Cell から入るのがきついのであればそちらから入るのでもいいのかもしれません。 

Essential細胞生物学〈DVD付〉原書第3版

Essential細胞生物学〈DVD付〉原書第3版

  • 作者: B.etal. Alberts,中村桂子/松原謙一
  • 出版社/メーカー: 南江堂
  • 発売日: 2011/02/25
  • メディア: 単行本
  • 購入: 4人 クリック: 29回
  • この商品を含むブログを見る
 

  ちなみに私は、この本は第2版からすべて持っていて、すべて通読しています。研究の進歩が本当に感じられるんですね、どんどん知識が増え、ファインチューニングされるだけでなく、ひっくり返るような発見が年々あるんだなぁと感心します。とにかくおすすめ。読むべしべし、です。  

 

● 解剖学

 解剖学は肉眼的なレベルにおいての身体の構造を学ぶ学問です。形だけでなく機能との相関も必要ではありますが、基本は部位の名前と機能を理解することになります。 
 とにかく解剖学は見て覚える必要がありますので、図が多くわかりやすいこと、用語が適切に使用されていて覚えるのの支えになる事項が多いことが求められていると思います。 

 Gray's Anatomy 

 

Gray's Anatomy: The Anatomical Basis of Clinical Practice, 41e

Gray's Anatomy: The Anatomical Basis of Clinical Practice, 41e

 

 この本のすごいところは、解剖学なんですが、最初は分子生物学・組織学の基礎から入っていくところです。かなり本格的な組織学が書かれており、その次に発生学が来ます。

 日本の解剖学の教科書は、解剖学に絞っているものが多いですが、このあたりはさすが、としかいいようがない洋書。 解剖学になかなかたどり着きませんので、日本の解剖学の試験には向かないかもしれません…解剖に入る前に挫折。

 日本の医学部においては解剖の用語というのは日本語、英語、ラテン語の三つを覚えることが普通であると思いますが、日本語は覚えられないのはなかなか厳しいところ、そんなところが実際の使用では欠点になってしまうかもしれません。  読み応え抜群の一冊です。テレビドラマシリーズではないですよ。 
 

 

● 組織学

  組織学は顕微鏡レベルでの体の構造と機能を学ぶ学問です。とても大事で、ここを押さえることは病理学にもつながりますし、解剖学の基礎でもあると同時に、医療に必要な考え方の多くも詰まっています。

  私も講義をするようになってから、組織学の教科書を新たに5冊読みました。 いいものばかりなので悩むのですが、標準的にはこれかな、という一冊を紹介します。  

 

 Histology (ロス) 

 

 この本のよいところは、説明が端的であること、用語をとにかくよく解説してくれているというところです。図版もよいものが多いですね。外国の組織学の教科書はなぜか写真があまりきれいではないものが多いですが、この本はかなり良いです。 

  Clinical correlation という臨床とつながる事項のコラムはなかなかに秀逸で、臨床に進む人や臨床医にとっても、ほうほう、と思えるようになっていると思います。 

  非常に分厚い本ですが、読みやすい。組織学をしっかり基礎から学ぶならいい一冊です。個人的にもう一冊、初学者むけにおすすめなのは Junqueira's Basic Histology なのですが、この本はまた別にいずれ紹介したいと思います。 

 

 

●(人体)発生学

 発生学というとひろく生物の発生学になり、医学部関係では、人体発生学ということが多いですね。ヒトの発生学を学ぶ分野です。この分野は、これが一番!というより、紹介するラングマンとムーアが使いやすいかなと思います。 

 

Langman's Medical Embryology   

 とにかく図がきれいでわかりやすい一冊です。最初の方からいまでは分子生物学的な内容が組み込まれていますが、発生はダイナミックに起こりますので、図で把握していくことが重要ですね。とても分かりやすい図は感心します。

  説明文も平易な英語で読みやすい。ヒトの発生についてはこの一冊で押さえておけば十分であるように思います。  

 

● 薬理学

  薬理学は、薬という小さな分子が、生体という複雑なシステムにどのように作用して効くのかということを考える学問です。昔は低分子だけ考えていましたが、今では抗体医薬などもありますし、単純なアゴニストー受容体のようなものではなくなってしまいましたが、どのように作用しているかは学べば学ぶほど面白く奥深い領域です。読みやすいカッツングでもいいのですが…しかしこの分野はもうゴールドスタンダードがありますので、一冊だけ紹介します。これが一番、異論は認めません。笑。 

 

 The Pharmacological Basis of Therapeutics

 

 薬理学のゴールドスタンダードの成書は、グッドマン・ギルマンです。断然よいです。基本的な分子生物学・生化学からはじまり、薬効薬理・薬力学の基礎論、合成の一部などまでひろくカバーし、さらに疾患別の治療薬の詳細な解説に進みます。

 図もわかりやすく、数式も丁寧に導出されています。解説文ももちろん秀逸。 量が非常に多いですが、薬理学というのはこれだけすごい大きな学問分野なのである、ということが非常によくわかってよいように思います。

 研究者、医師、薬剤師にはおすすめ。この一冊を読み切れば、薬理学についてはかなりのレベルに達することは間違いありません。

 

 

● 微生物学

 微生物学は医学の基礎としてみた場合には、病原体とほぼ同義に扱われる範囲が興味の対象になりますね。そうすると、真菌、細菌、ウイルス、寄生虫が主な対象になってきます。これらは各分野でも非常に細かく分かれていてかつ膨大な知識量が必要な分野なので成書がたくさんあります。 ここでは、微生物学全体とウイルス学の本だけ紹介します。  

 

Microbiology  

Microbiology: Principles and Explorations

Microbiology: Principles and Explorations

 

 アメリカのメディカルスクールではほぼスタンダードと考えていい微生物学の良質な教科書です。かなり幅広く、論拠ももちろん示されて説明されています。 

 かなりの分量がありますが、微生物学全体を見渡すにはいい本です。
 
 

Fields Virology

 基礎的なウイルス学の成書といえば、この一択です。

 分子生物学的なウイルスの基礎、疫学などを広くかつ丁寧にカバーしており、ウイルス学についてはこれ一冊でおおよそ全体像がつかめると思います。

 

 最新版ですが、最近の話題である Zica virus や SFTSV についてはまだ間に合っていないですね。そういう意味では新しい知見も多い分野であるといえます。

 

 ウイルス学をやる人にとっては必読の一冊です。

 

 

● 病理学

  病理学についてはおいおい語っていきたいと思いますが、とにもかくにも、病気を理解するという体系としての病理学全体、を見渡せる一冊だけ紹介したいと思います。 

 

 

 病理学というのは病気を理解する学問です。病気の原因、分類や機序、病気の診断法、病気の自然史…とにかく理解することを目的としています。

 本書は病理学総論としての病気の分類や考え方、そして機序などを非常に丁寧に説明したのちに、各臓器に起こる病気についても分子レベルからの説明を積み上げて解説しています。

 

 そして、病理学においては病理組織学といって、顕微鏡レベルから肉眼レベルまでの形の変化というものを大事にしますが、それらについてもよい図版とともに解説されています。

 

 この本は膨大な量の解説がかかれていますが、key concepts としてよくまとまっていて、章ごとに理解もしやすくなっています。

 大変におすすめ。基礎的なことからしっかり学ぶには最適の、唯一の一冊と思います。

 

 

というわけで、今回の企画はおわりですが!

 

 少し古い版であれば、NCBIのサイトでただで探して読めることがあります!

 Immunobiology なども二つ前の版ならタダですね…。