病理医研究者のぼちぼち日記

病理医で研究者の著者が病理のことを中心にのんびりつづるブログ

シャーガス病(アメリカトリパノソーマ症)について

 ドラマ「インハンド」の第一話(TBS あらすじ) が放送されましたね。

 

 このドラマ、感染症が題材なので毎回ちょっとテーマについて解説してみたいなぁと思いました。原作は朱戸アオ氏の漫画「ネメシスの杖」「インハンド 紐倉博士とまじめな右腕」「インハンド」とのこと。読もう…。

 

 第一回のお題はシャーガス病でした。今回はシャーガス病についてまとめます。

 

 

病原体のトリパノソーマ

 

 

シャーガス病とは

 

CDCより トリパノソーマ(真ん中)とサシガメ(左右)

 

まず初めに情報のあるところを紹介しておきます。

 

 ▶ MSDマニュアル シャーガス病

 ▶ シャーガス病 Eisai ATM Navigator

 ▶ シャーガス病 Wikipedia

 ▶ シャーガス病(アメリカトリパノソーマ症)について FORTH

 ▶ Parasites - American Trypanosomiasis (also known as Chagas Disease) CDC

 ▶ Chagas disease (American trypanosomiasis) WHO

 ▶ 感染病理アトラス復刻版 堤寛 トリパノソーマ

 ▶ シャーガス病とわが国におけるシャーガス病の現況 日本医事新報

  

 

 さて、シャーガス病とは、寄生虫(寄生原虫, parasite) であるクルーズトリパノソーマ(Trypanosoma cruziという病原体が感染することで引き起こされる病気です。別名はアメリカトリパノソーマ症といいます。

 

 この疾患は、ラテンアメリカやカリブ諸国などの熱帯地方のアメリカで蔓延している病気で、感染者はラテンアメリカだけで 800~1,100万人もいると考えられています。

 

シャーガス病の分布域

 

 

感染していても発症しない場合もあり、「沈黙の疾患」とも呼ばれますが、突然死を引き起こすこともあり、感染の確認は重要です。

 

 進化論で有名なチャールズ・ダーウィンがシャーガス病であったのではないか、という推測もあるようです(▶ 参考記事)。

 さらに今、中国では一部で流行しはじめており、問題になる可能性もでてきています(参考記事 ▶ 潜伏期間数十年! “新型エイズ”シャーガス病が中国で猛威……日本への上陸も?)

 

 

どのように感染するのか

 

 

 この寄生虫であるトリパノソーマは、サシガメ (reduviid bug、kissing bug、assassin bug) という昆虫を媒介してヒトに感染します。サシガメがヒトを刺すことにより、感染してくるのですね。ヒト以外にもイヌ,ネコ,フクロネズミ,ラットなど150種類以上の哺乳類に感染します。

 

 サシガメ刺される以外の感染経路として、母子感染、輸血、臓器移植、サシガメの糞で汚染された非加熱食品(サトウキビジュースなど)の摂取、検査の際の血液曝露事故なども重要です。

 

 輸血でも感染するため、日本の献血でもシャーガス病流行地域に行ったことがあるか否かについては必ず聞かれることになっています。

 参考 ▶ シャーガス病に対する安全対策の変更について 日本赤十字社

 

 

 さて、クルーズトリパノソーマがどのように成長し生活し感染するかの生活環の図が、CDCにありましたので引用してみます。

 

 

 上の図にあるように、❶まず媒介昆虫サシガメがヒトの吸血時に刺咬傷の近くにトリポマスティゴートという幼虫を含む糞便を落とす、❷トリポマスティゴートが、刺咬した部位や粘膜(結膜など)からヒト(宿主)に侵入、❸ 宿主内でトリポマスティゴートが接種部位近くの細胞内に侵入しアマスティゴートとなる、❹アマスティゴートが分裂によって増殖し、トリポマスティゴートとなる。そして、細胞から飛び出し血流に入る。血流型のトリポマスティゴートは様々な細胞に感染する。心筋層、筋肉や神経系の細胞が侵されることが多い。全身に広がったのちアマスティゴートに変態して、様々な症状を引き起こす。

 血流内でトリポマスティゴートは、アフリカトリパノソーマとは異なって増殖しないことが知られている。増殖は細胞に入るか別の媒介生物に摂取された場合にのみ再開する。

 ❺ サシガメが血中にトリポマスティゴートのみられるヒトまたは動物の血液を摂取して感染する、❻ 摂取されたトリポマスティゴートが媒介生物の腸内でエピマスティゴートにとなり、❼ 原虫が腸内で増殖し、❽ 感染性のメタサイクリック型トリポマスティゴートとなりまた糞便中に排出される。

 

 複雑な名前がたくさん出てきますが、ようは、媒介動物であるサシガメと宿主の間でぐるぐる回り、最終形態のものが全身で悪さをして症状を引き起こすわけですね。

 

 このサシガメ、今のところラテンアメリカなどの暑い地域と中国あたりにしかいませんが、第二のヒアリとして日本に上陸するのではないかという懸念もあるようです(参考記事 ▶第二の「ヒアリ」? 中国で大量発生するサシガメに懸念高まる)

 

 

シャーガス病の症状は

 

 シャーガス病は急性期、不確定期、慢性期の3段階があり、急性期と慢性期に症状がでます。サシガメに刺されたのちの急性感染後に不確定期が続いていき、無症候性のまま経過することもあれば慢性疾患に進行することもあるのですね。

 

急性期

 

 急性感染症は小児に起こることが多く、無症状のこともあります。

 症状のある場合には、刺されたのち1~2週間で症状が出現し始め、刺された部位には硬結を伴う紅斑性の皮膚病変(シャゴーマと呼ばれる)が現れます。

 

 侵入部位が目の結膜の場合には、結膜炎を伴う片側性の眼周囲および眼瞼浮腫と耳前リンパ節腫脹があらわれ、この兆候をロマーニャ兆候(Romaña sign)と呼びます。

 

 急性のシャーガス病はごく一部のケースにおいて、心不全を伴う急性心筋炎または髄膜脳炎を引き起こし、死亡することがあるそうですが、それ以外は無治療でも症状は治まっていきます。

 

不確定期

 

 不確定期には、症状はみられず、免疫学的な方法で診断されることが多くなります。

 

慢性期

 

 数年から数十年の不確定期の後に、およそ20~40%の患者で慢性疾患が発症し、慢性期と呼びます。主に、心臓と消化管に障害が生じます。

 

 心臓では、慢性心筋症と局所的の変性による障害が起こされ、心不全や失神、心ブロック、心室性不整脈による突然死などで死亡することがあります。

 

 胃腸疾患としては食道アカラシアや、大腸のヒルシュスプルング病に似た症状を引き起こし、嚥下困難や巨大結腸症により障害が生じたり死亡することがあります。

 

 

どのように診断するか

 

 診断は、末梢血の検査や感染臓器吸引物中のトリパノソーマの検出を行うか、抗体検査をおこなうことでなされます。

 

 血液塗抹標本や吸引液検体での光学顕微鏡検査においては、急性期だればトリパノソーマが簡単に見出されます(最初の写真など)。潜伏期・慢性期は血液中に原虫はほとんど存在しないため、リンパ節などの臓器からの吸引物の検査が必要になります。

 

 抗体検査としては、間接蛍光抗体法や酵素免疫測定法は感度が高いことが知られています。ただし、リーシュマニア症などの患者では偽陽性となる場合があります。

 その他には血液または組織液を用いて PCR 検査で検出する方法もあります。

 

 

シャーガス病の治療

 

 シャーガス病を引き起こすクルーズトリパノソーマに効果のある薬剤は以下の2つのみが知られています。Nifurtimox または benznidazole です。いずれの薬剤も毒性がつよく、これらの長期治療では消化管への有害作用や末梢神経障害が伴うことから忍容性が低く、コンプライアンスも不良も問題になります。

 

 急性期に薬物治療を行うことで原虫血症は急速に軽減して症状の持続期間が短縮し死亡リスクが低下し疾患が慢性化する可能性が低くなることが知られています。

 不確定期には小児および50歳未満の成人に対する治療が推奨されていますが、50歳以上の患者に対する治療は潜在的なリスクとベネフィットに基づいて個別に判断されます。

 慢性期となると、これらの薬剤は一切無効です。

 

 薬剤による治療以外には、支持的な方法があり、心不全への治療、心ブロックに対するペースメーカーや抗不整脈薬、心臓移植、食道拡張術や下部食道括約筋へのボツリヌス毒素の注射、巨大結腸症に対する消化管手術などがなされることがあります。

 

 

シャーガス病の予防

 

 

 流行地域、すなわちサシガメのいる地域では虫を避けることが重要になりますので、壁の漆喰塗りや草葺き屋根の交換、家屋への残留性殺虫剤の反復散布などが行われています。

 旅行者の感染はまれで、蚊帳の使用などでサシガメに刺されることを防げます。

 

 他の国では流行地からの感染者による献血、臓器提供、母子感染での感染があり、流行地域の多くや日本や米国をはじめとする他の国では輸血および臓器移植関連のシャーガス病を予防するために問診とスクリーニング検査が実施されています。

 

 

シャーガス病とバチスタ手術

 

 

 バチスタ手術とは、あの小説「バチスタの栄光」で有名になった、手術の方法です。端的に言うと、左心室縮小形成術といい、拡大してしまった心臓を小さくする手術。

 

 これを開発したブラジルのバチスタ先生のされていた心臓手術の多くが、シャーガス病によるものだったことが分かっています。

 シャーガス病の治療をする中で開発された治療法だったのかもしれませんね。

 

 

と、一足先に堤先生の記事がありましたね

 

 と、まとめてきて参考文献などを追加するためにネット検索をしなおしていたら、まぁ、私もお世話になった、そして先にリンクで紹介した「感染症病理アトラス」のご著者でもある堤寛先生協力の記事が他に出ていました。

 

 ▶ 『インハンド』の感染症「シャーガス病」の恐ろしさ…数十年の潜伏期間→心臓肥大で突然死 Business Journal

 

 素早い…。次は負けないように素早く解説したいと思います。

 

 

まとめますと

 

 

 シャーガス病は日本においては現在、輸入感染症として、感染した患者が帰国することはありえるということですが、感染の危険性は決して高くはない病気です。

 ただし、献血、臓器移植では注意が必要だという状況なんですね。

 世界にはこういった熱帯地域に多い難しい感染症がたくさんありますね。

 

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